論語研究会報告続けます
『詩経』
君主は民衆の詩(うた)=叫び=をきけ!
『詩経』を修めるのが君主の常識でした。
そこには民衆の声があるという理由です。
ここでいう『詩』は詩経などに纏められた、民衆の心情。積み重なる人間生活の営みのなかから魂の叫びとして君主が知ってるべき民衆の心情詩。
日本でも『万葉集』という大古典がありますが。古典とは思えない斬新で心に染み共感できるのがふしぎです。
まさに『源氏物語』につながる日本の
=ことだま作品=
文化の背景に『詩経』の影響ありなのではないでしょうか?
中国では君主が民衆の心情をしるために【詩】を利用していた事。非常に久遠のつながりを感じさせます。
現在
さいとうたかお
『ゴルゴ13』
で世界情勢を知る
ベスト・ドレッサー
渋谷なら長谷川潤?
えびちゃんは古いか。
世に言うフアッションリーダーとか。
民衆が常にもとめるものハイパーパワーを秘めて時代を根底から突き上げるエネルギーですね!
たしかに
いまはインターネット
で情報を伝搬の時代ですがビートルズはじめ爆発的な伝搬。風潮の変化の起爆剤に音楽とことばがあるのは明らかです。
社内の民の叫びは?
心身の時世の現在の普遍的ひとの思い・想い・念いとはなんだろう。
詩に世相が反映される
という視点をもつこと
いろいろ感じちゃう。
『噂の伝搬』徳川政権はお庭番やら隠密・忍者を放って情報をシステムとして庄屋制度。甲賀が生き伸びる上でどのようにしたか書類でみました。
儒教の神様大経営者
徳川家康大権現様
の徳川政権が
=隠密社会
と司馬遼太郎先生が書いていますが。
それほど情報をシステムとしてすぐれたものだったのでしょう。
道具は使いよう。
いろいろ解釈できます。
詩を日常の伝承に利用して暗記に使ったり。
平安の頃には愛の社交はすべてそれだったなんてことも古典の世界ではありました。
守屋さんに『孔子:ミュージシャン説』を川上茂康は唱えるぞ!と丸の内ののチョコレート喫茶で吼えたのが1ヶ月前でございます。
斉藤孝先生のCD
『声にだして読みたい日本語』詩吟・百人一首の朗詠。『日本古代の詩』のCDなど。
聞いてみて
音楽=詩吟詩経詩歌
みなおす機会を頂きました。古典の文字だけではわからない立ち上がった言葉の情感・深い意味が詩吟・演技・さまざまな五感の先を行くサムシングが感じられます。
儒教と音楽の関連性の視点は大事だと考えています。礼法の祭司をするところで
=楽=
音楽を利用・指導していたようであり。論語のなかに折々触れられているのを確認できます。
もともと三千編以上あったものを孔子の手により編纂され集大成された、話が正史の史記に云われておます。
論語だけでなく孔子自身にも深く関わりのある書物だと守屋さまにご指導いただきました。
葬儀屋の歴史より- その人の家に儒学者がやってきて葬儀をとりしきり、詩経の朗唱などを行ったのである。
儒教の祖孔子は幼少ころ葬儀に使う「祭器」や「お膳」などでよく葬式ごっこをして遊んでいたという (片鱗研究中)
キリスト教のゴスペル
仏教のお経
ある牧師さんが
『お経をあげるあのパルスに大音楽の響きある』『まるでゴシックのバッハの賛美歌のような』
というはなしをききました。お~!そうなんだ!
=音楽は垣根を超える=
守屋さん曰く
『音楽にはひとをまとめる力がある』
知ってました?
あの高杉晋作は大ヒットのある流行歌を出していたことを
維新は高杉晋作の流行歌で京都中に維新の認知を広めてました。
『三千世界のカラスを殺し、主と添い寝がしてみたい』
下関・大阪・長崎で大流行!革命児高杉晋作の流行歌を背景に志士が走り回る回る。
福澤諭吉
『何をくよくよあのお武家様。ひとの稼ぎをみてくらす』
西郷隆盛の手配で狂いお伊勢参りか?
『えーじゃないか!』
狂乱幕府批判詩が流れたとか~。
川上音次郎
全米ツアーを挙行!
PUFFYみたいに大人気!
『詩経』大人気のベストセラーの集大成
あたしは思う!
孔子は絶対スーパースター!
実際に大ヒットである。【切磋琢磨】
の語源になった本編はこちら。やっぱりその響きいとうつくし!
學-15
子貢曰、貧而無諂、富而無驕、何如、子曰、可也、未若貧時樂道、富而好禮者也、子貢曰、詩云、如切如磋、如琢如磨、其斯之謂與、子曰、賜也、始可與言詩已矣、告諸往而知來者也、
子貢が曰わく、貧しくして諂(へつら)うこと無く、富みて驕(おご)ること無きは、何如(いかん)。子の曰わく、可なり。未だ貧しくして道を楽しみ、富みて礼を好む者には若(し)かざるなり。子貢が曰わく、詩に云う、切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如しとは、其れ斯れを謂うか。子の曰わく、賜(し)や、始めて与(とも)に詩を言うべきのみ。諸(こ)れに往(おう)を告げて来を知る者なり。
子貢がいった、「貧乏であってもへつらわず、金持ちであってもいばらないというのは、いかがでしょうか。」先生は答えられた、「よろしい。だが、貧乏であっても道を楽しみ、金持ちであっても礼儀を好むというのには及ばない。」子貢がいった、「詩経に『切るが如く、磋るが如く、琢つが如く、磨くが如く、』と[いやがうえにも立派にすること]うたっているのは、ちょうどこのことでしょうね。」先生はいわれた「賜よ、それでこそ一緒に詩の話ができるね。前のことを話して聞かせるとまだ話さない後のことまで分かるのだから。」
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ありがとうございます!プロジェクト13%
分科会
【論語と算盤】研究会。\(^O^)人(^O^)/
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